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さかい目マタギ

サラリーマンと自営業、アメリカと日本、難聴と健聴 といった境目をまたぐことについて思ったことを書くブログ

難聴児の母親の手記(原文ママ)

[プロフィール]

・難聴児(執筆時1歳9カ月)の母親

・本人以外は健聴の家族

・人口内耳手術予定

・手話・聴覚の両方活用を希望

 

娘の難聴がわかり、半年がたちました。
多くのろう者やろう者を育てた方々と出会い、今まで知らなった世界を知りました。
ろうの世界もろう者も素敵でろう者として誇りに思うこと、素晴らしいと思います。
また、娘も自分を誇りに思い生きてほしい。そしてそういう環境をつくってあげたい。
この半年私を悩ませたのは今後の教育方針と人工内耳をするかしないかの選択。
聞こえないという事を障害ではなく ひとつの個性として受け止め、生まれたそのままを受け止める。という考えがあります。言語は手話。
こういう観点からすると、人工内耳をすることは、ありのままを受け止めない。聴者に近づけるという考えになる方もいるようです。しかし、これは、論外。親なら、聾とわかってすぐにありのままを受け止めます。
ありのままを受け入れたうえで、人工内耳を選択します。
また、人工内耳をすることにより聴者に近づけるなんて、微塵も思いません。
聞こえるようにする、聴力を少しでも向上させる=聴者に近づける。そうは親は思いません。
その子がいきやすくなるための道具の一つ?という感じでしょうか。
あくまでも、本人は本人のままです。
私は聴者として生きてきました。
私の人生で、私を成長させてくれたのは人との出会いやつながりです。
娘には一つでも多くの世界を見てほしい。一人でも多くの人と出会ってほしい。
真に恵まれた人生を送ってほしいと願います。
聞こえることによる世界の広がりはこうした人生の手助けになるのではないでしょうか。
また、社会の不利益を少しでも減らしてくれるのではないでしょうか。
そして、それが人との出会いを増やし、厚みになるのではないででょうか。
もちろん、自分の個性に障害を認め、十分に理解し、人とで出会い、世界を広げてほしいです。

言語に関しては手話と音声を!!と思ってます。
まだ、それに特化した教育機関がなく、例も少なく、私自身うまく育てられるか不安はあります。
バイリンガルを育てるのと同じようにうまくいくとよいです。